ブダペストには大きな美術館や有名な観光名所が数多くありますが、街の片隅にひっそりと佇む小さな博物館も魅力的です。
そのひとつに、ステンドグラスの巨匠ロート・ミクシャの自宅を改装した「ロート・ミクシャ記念館&コレクション(Róth Miksa Emlékház és Gyűjtemény)」があります。
ロート・ミクシャは、国会議事堂や聖イシュトヴァーン大聖堂をはじめ、ゲッレールト温泉、中央銀行、さらにはメキシコ国立劇場など、国内外の数多くの建築のステンドグラスを手がけたことで有名です。
ロート・ミクシャが暮らした家には、彼の作品がいくつか展示されており、当時家族とともに過ごした家具なども見学できます。
大規模なコレクションや制作工程の実演があるわけではありませんが、ここを訪れると、100年前の空気をそのまま閉じ込めたような静かな時間にひたることができます。
小一時間あれば十分に見て回れる規模の記念館なので、気分転換に気軽に立ちることも可能。
観光の中心から少し外れて落ち着いた空間でゆっくり過ごしたい方や、美術館めぐりが好きな方、芸術家の暮らしに触れてみたい方は、ぜひこの記事を参考にしてください🎉
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ロート・ミクシャとは?生涯と記念館の概要
画像引用元:Wikipedia
ロート・ミクシャ(1865–1944)は、ハンガリーを代表するステンドグラス作家です。
ブダペスト(当時のペスト)のユダヤ人の家に生まれ、父や祖父もガラス職人でした。
1867年の「ユダヤ人解放令」により、ロート家を含むユダヤ人に社会的な自由が広がり、芸術家としての活動の道も開かれるタイミングでした。
ドイツやフランス、イギリスへ遊学し、さらにイタリアではモザイクや色ガラスの技術を本格的に学んだのち、1885年にブダペストで独立し工房を構えます。
当時、二重帝国の時代に都市として成長するブダペストでは、多くの公共建築の装飾が求められていました。
国会議事堂や聖イシュトヴァーン大聖堂、ゲッレールト温泉などのステンドグラスを手がけ、名声を確立します。
国会議事堂を彩るステンドグラスの多くは、ロート・ミクシャが率いた工房の作品です
彼は国内外で高く評価され、1898年にはハンガリー応用美術の国家金賞を初受賞。
パリ、トリノ、セントルイスの万博でも次々と入賞を果たし、フランツ・ヨーゼフ勲章やイタリア国王の金メダルも授与されました。
モザイクの分野でもロート・ミクシャは活躍しました
ロート・ミクシャの工房は20世紀初頭に最盛期を迎えましたが、第一次世界大戦とトリアノン条約によってハンガリー社会が大きく変わると、公共建築の需要は減り、仕事の規模も縮小していきました。
さらに1938年以降の反ユダヤ法でユダヤ系芸術家は活動を制限され、結婚を機にキリスト教に改宗していたロートも例外ではなく、1939年には工房を閉鎖せざるを得なくなりました。
1944年、ナチス占領下のブダペストで、79歳の生涯を閉じました。
ロート・ミクシャは、ハンガリーの栄光と激動の時代に生きた芸術家だったと言えるでしょう。
現在記念館となっている建物は、1911年にロート・ミクシャが購入し、晩年まで暮らした自宅兼アトリエです。
通りに面した建物は改修して家族の住居となり、中庭には新たに3階建ての工房が建てられ、ステンドグラスやモザイク制作の拠点として使われました。
第二次世界大戦中にはドイツ軍やソ連軍の地図部門に接収され、その後は政治将校養成学校や国営工房、さらには仮住まいとして使われ、建物は荒廃していきました。
国有化後も、通りに面した建物の一部には未亡人ヨゼファと子どもたちが暮らしていました。
政権交代後、家族は父の遺産をエルジェーベトヴァーロシュ区に寄贈し、1999年に記念館として一般公開され現在に至ります。
ロート・ミクシャ記念館の見どころ&訪問レポート
「ロート・ミクシャ記念館&コレクション」は、ブダペスト東駅から歩いて約5分の場所にあります。
地上階と1階(日本でいう2階)の見学が可能で、1時間もあれば十分に見て回れる規模です。
地上階:ステンドグラス作品の展示ホール
数段の階段をのぼって右側へ行くと、とても雰囲気のいい受付があります。
特に、モザイクの暖炉が美しくて目をひきました。こちらもロート・ミクシャの作品です。
上の階ではモザイク作品も展示されています
受付カウンターの上に置かれたランプは、ブダペストの“ゲリラ彫刻家”として知られるコロドコ・ミハーイの作品で、ランプを見上げているのはもちろんロート・ミクシャです。
普段は街角にゲリラ的に現れることが多い彼の作品ですが、ここでは記念館公認の展示として楽しめます。
受付では、ポストカードなどの記念品も購入できます。
地上階にはメインとなる中規模のホールがあり、壁いっぱいにロート・ミクシャのステンドグラス作品が展示されています。
奥正面は建築家アルパール・イグナーツ邸にある窓の複製展示
ロート・ミクシャの初期作品は「歴史主義」と呼ばれる様式に属しています。
これは、ゴシックやルネサンスなど過去の建築・美術様式を模範として取り入れる流行で、19世紀のヨーロッパで広く使われました。
下の画像の左端に見える幾何学模様のパネルも、当時流行した歴史主義的なデザイン。
中央の聖母子像や紋章風の窓も、ゴシックやルネサンスの様式を忠実に取り入れたものです。
一方で、右側の作品は少し雰囲気が異なります。
天使や孔雀といった古典的な題材にはまだ歴史主義の名残が見られますが、鮮やかな色彩や植物の表現にはアール・ヌーヴォー的な装飾感覚が加わっています。
19世紀末になると、ロート・ミクシャの作品にはアール・ヌーヴォー様式が色濃く表れるようになります。
花や植物をモチーフにしたデザインが増え、茎や葉が曲線を描きながら窓いっぱいに広がるスタイルは、この時代を代表する特徴です。
宗教画や歴史主義的な装飾から一歩進み、生活空間を彩る華やかなステンドグラスとして、人々の暮らしに溶け込んでいきました。
1階(上の階):ロート家の暮らしと芸術を伝える6部屋
階段をのぼって上の階へ移動します。
壁には、1865年から1944年までのロート・ミクシャの人生と世界の出来事を対比したタイムラインが貼られていて、彼が生きていた時代の空気感も理解でき興味深かったです。
上のフロアは6つの小さな部屋に分かれています。
「栄光と衰退」と呼ばれる部屋では、20世紀初頭の大規模プロジェクトから、1930年代の晩年の作品までを紹介しています。
第一次世界大戦を境に、豪華な建築の時代が終わり、ステンドグラスの需要も減っていきました。
しかし、ロート・ミクシャの作品そのものの輝きが衰えることはありませんでした。
彼は「ステンドグラスは光を通してこそ生き生きと輝く」と語っており、その言葉に沿うように、この展示室もあえて薄暗く設計されています。
1938年、ロートは国際聖体大会や聖イシュトヴァーン没後900年祭といった国家的行事のためにステンドグラスを手がけました。
聖マルギットや聖体をテーマにした窓は、晩年になっても彼の芸術が大きな舞台で求められていたことを示しています。
いずれも1938年に制作されたもので、ロート・ミクシャが晩年になっても大きな舞台で活躍していたことがわかります
ロート・ミクシャはモザイクでも第一人者として活躍しており、奥にある細長い部屋に作品が集まっています。
「私は1898年に、我が国にモザイク芸術を根付かせました。」 と本人が回想録に記しています。
若い頃にヴェネチアで修行し、本場イタリアの技術を学んだロートは、それをハンガリーに持ち帰りました。
それまでモザイクは主にイタリアの職人によって作られていましたが、ロート・ミクシャによりハンガリー独自のモザイク芸術が誕生します。
万国博覧会や国内外の展覧会でも高く評価され、金銀の勲章やイタリア国王の勲章も受けました。
3つ目の部屋では、ロート・ミクシャが残したステンドグラスやモザイクのデザイン画を見ることができます。
デザイン画を間近で見ると、びっしり描き込まれた模様からロート・ミクシャの細かい仕事ぶりが伝わってきます。
完成した作品だけでなく、こうした下絵も美しいです。
道路に面した3部屋は、ロート家の当時の暮らしを再現した展示会場です。
19世紀末から20世紀初頭にかけて、ブダペストの裕福な中流家庭で流行していた重厚なドイツ風(アルトドイツ様式)の家具や装飾が並び、当時の暮らしの空気をそのまま感じることができます。
個人的には、ロート・ミクシャといえばカラフルで華やかなアール・ヌーヴォーのイメージが強かったので、住まいは重厚な雰囲気だったのが少し意外でした。
ロート本人は1944年に亡くなりましたが、家族は戦後もしばらくこの家で暮らしていたそうで、そう思うといっそう感慨深かったです。
ロート・ミクシャ記念館&コレクションへの行き方・情報
住所 | Budapest, Nefelejcs u. 26, 1078 |
アクセス | 東駅から徒歩5分 |
公式ウェブサイト | https://www.rothmuzeum.hu/english/ |
営業時間 ※曜日によって異なるので要確認 | https://www.rothmuzeum.hu/english/opening-hours/ |
定休日 ※夏休みなど長期休暇もあるので要確認 | https://www.rothmuzeum.hu/english/opening-hours/ 月曜日 いくつかの祝日 夏は長期休暇あり(約2ヶ月半) クリスマスや大晦日など |
【まとめ】ブダペストで静かに芸術と暮らしを味わえる場所
工房の看板、聖バルトロメオ、聖フランシスコ
ロート・ミクシャ記念館は、大きな観光名所のように華やかではありませんが、ステンドグラスの美しさと、100年前の暮らしの空気を同時に味わえる特別な場所です。
展示作品を眺めるだけでなく、芸術家本人が暮らした家の中を歩くことで、彼の日常や時代の雰囲気に触れられるのはここならでは。
ブダペストで静かに芸術に浸りたい方や、観光の合間に落ち着いた時間を過ごしたい方におすすめです。
気になった方は、ぜひ訪れてみてください。
ロート・ミクシャが手がけたステンドグラスが美しい国会議事堂。内部見学ツアーの様子や申込方法について、こちらの記事にまとめています。