ルーマニア・トランシルヴァニア地方の小さな町、シギショアラ(Sighișoara)。
人口2万人あまりのこの町には、12〜16世紀に建てられた城壁や塔、石畳の路地が奇跡的な状態で保存されており、1999年にユネスコの世界遺産に登録されました。
深い森の丘に抱かれた立地と、オレンジ色の三角屋根が連なる町並みは、「トランシルヴァニアの宝石」とも称されています。

丘の上には山上教会が立っています
町を歩きながら、楽しげな“ドラクエⅢの街の曲”をいつの間にか口ずさんでいた自分にびっくり!
薬草や武器を売っているお店が普通にありそうな、“中世の町”という言葉がぴったりの場所でした。
旧市街のかわいらしいホテルに泊まったこともあって、私にとってはすっかりお気に入りの町に。
ドラキュラのモデルとされるヴラド・ツェペシュが生まれた町、というユニークな顔もあります。
今回の記事では、そんなシギショアラの見どころをまとめてみました。
この町の魅力が、これから訪れるあなたに少しでも伝わればうれしいです🌿
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本宮愛栞(もとみや あいか)
旧名「りり」でブログを書いてきました。
🇭🇺 ブダペスト在住21年。ハンガリー情報を中心に、旅先の情報も発信中。
🎒 世界50カ国以上を訪問。インドや暖かい国が大好きで、中欧周辺にも愛着あり。
🍀 ブダペストを拠点に、旅と暮らしを行き来するボヘミアンな生活を送っています。
「これ、誰かの役に立つかも」と思ったことや、「旅人の視点で見るハンガリーの情報」をブログで発信しています。
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シギショアラってどんな町?

パステルカラーの家々が連なりかわいらしい雰囲気
シギショアラは、ルーマニア中部トランシルヴァニア地方にある町です。
2021年の国勢調査では人口2万4千人ほどで、旧市街を歩けば端から端まですぐという小ささです。
12世紀以降、ドイツ系の入植者「トランシルヴァニア・ザクセン人」によって築かれ、発展してきました。
ドイツ語ではシェースブルク(Schäßburg)、ハンガリー語ではシェゲシュヴァール(Segesvár)と呼ばれています。
先に訪れたシビウの町と同様に、職人や商人によるギルド(同業者組合)が町の経済から行政、防衛までを自ら担い、商業都市として栄えていきました。

左はブリキ細工師の塔、中央は仕立屋の塔(城門)、右は靴職人の塔
13世紀にモンゴル(タタール)の侵攻を経験して以降、ザクセン人たちは町を堅固な城壁と塔で囲み、いざという時に備えていました。
最盛期には14の塔があったとされ、今も9つが残っていて、「仕立て屋の塔」「靴職人の塔」というふうに、建設を担ったギルドの名前がついています。

中でも高さ64mの時計塔は、町のどこからでも目に入る存在です。
14世紀に城門を守る主塔として建てられ、1556年までは市庁舎(市参事会の議場)としても使われていました。
もうひとつ、この町の名を世界に知らしめているのが、ドラキュラ伯爵のモデルとされるヴラド・ツェペシュ(ヴラド3世、1431〜1476/77年)です。
父のヴラド2世(ヴラド・ドラクル)が1431年からしばらくこの町に身を寄せていて、ツェペシュはその滞在中に生まれたと伝えられています。
敵を串刺しにした逸話から「串刺し公」と恐れられる一方で、オスマン帝国の圧力に抵抗した君主として、ルーマニアでは祖国を守った英雄と見なされています。

ハンガリー在住者の視点から思い浮かぶのが、ハンガリーの国民的詩人ペトゥーフィ・シャンドールです。
ハンガリー独立戦争の終盤、1849年7月31日、ハプスブルク側に加勢したロシア軍に敗れた「シェゲシュヴァール(シギショアラ)の戦い」で、26歳のペトゥーフィは消息を絶ちました。

町の片隅にはペトゥーフィの像が立っています。戦場となったフェヘールエジハーザ(現アルベシュティ、車で10分ほど)には記念碑とペトゥーフィ博物館がありますが、2026年7月時点では閉館中でした。
旧市街に今も市民が暮らし、カフェやレストランが営業し、観光客と地元の人が入りまじる「生きた世界遺産」。
それがこの町のいちばんの魅力だと思います。
シギショアラ旧市街の見どころ

旧市街は丘の上のコンパクトなエリアで、主な見どころは徒歩1〜2時間もあれば一周できます。
石畳はところどころ凹凸があるので、歩きやすい靴で出かけるのがおすすめです。
主な見どころとレストランやホテル、駅の場所はこちらのマップにまとめました。
時計塔(Turnul cu Ceas)

シギショアラを象徴する存在が、高さ約64mの時計塔です。
14世紀に城門を守る主塔として築かれ、町の公共の塔として、市庁舎や集会の場も兼ねてきました。
塔の中には50レイ(約1,800円)で入場できます。
月曜は休みで、ほかの日も営業は15時30分までと少し短めなので、時間には気をつけてください。
入場料はちょっと高いかなと思いつつ、シギショアラを発つ日の朝に入ってみました。
歴史を感じる階段をのぼりながら、各フロアでシギショアラの歩みをたどる展示を見学できます。

塔の上には大きなからくり時計。間近で見た木彫りの人形たちがなんともかわいらしかったです。
頭上の錆びた記号は惑星と金属のしるしで、火星(鉄)や金星(銅)といった、曜日をつかさどる神々に対応しているそうです。
定時になると人形が現れて動くしかけですが、今も動いているのかどうかは分かりませんでした。

展示されている人形もありました
最上階からの眺めは格別で、赤い屋根が折り重なる旧市街とそれを囲む森の風景が本当に美しかったです。
泊まっていたホテルの部屋が見えて、なんだか嬉しくなりました。


ヴラド・ドラクルの家(Casa Vlad Dracul)

旧市街の中心広場のそばに建つ「ヴラド・ドラクルの家」は、ドラキュラ伯爵のモデルとされるヴラド3世(ヴラド・ツェペシュ=串刺し公)が生まれたとされる場所です。
家の名前は、当時ここに暮らした父ヴラド2世に由来します。
父が「竜騎士団」の一員だったことから「ドラクル(Dracul=竜・ドラゴン)」のあだ名があり、その息子であるヴラド3世が「ドラキュラ(ドラゴンの子)」と呼ばれました。
この建物は現在レストランになっていて、食事をしてみた様子は後の項目でご紹介します。
シギショアラはドラキュラの生誕地ということで、ドラキュラを看板にしたおみやげ屋さんもちらほら。
なんとなく“ちゃっかり観光の目玉にしている”という印象も受けました。

レストランの上の階には小さな展示室があり、25レイ(約900円)で入場できるようです。
「安っぽくてお金を払ってみるまでもない」という口コミが多いものの、気になったのでちょっと覗いてみることにしました。
スタッフ数名に「上に係の子がいて支払いができる」と言われたのですが、どこを探しても見つからず、入り口から写真だけささっと撮らせてもらうことに。
効果音が流れる薄暗いお化け屋敷のようなつくりで、なかなか怖そうな雰囲気でしたよ。
屋根付き木造階段(Scara Școlarilor)

旧市街の中でもとりわけ絵になるのが、屋根付きの木造階段です。
丘の上の教会や学校へ通う人たちを雨や雪から守るため、1642年につくられました。
もとは300段あったとも言われますが、現在は176段。
木の屋根に覆われた薄暗い階段をのぼっていくと、丘の頂上の教会へたどり着きます。
登りきった先の学校は、今も現役で使われています。毎日この階段を通っていたら、足腰がずいぶん鍛えられそうです。

山上教会(Biserica din Deal)

屋根付き階段をのぼりきった先に立つのが、山上教会です。
14世紀(1345年ごろ)に建てられ、その後たびたび増改築されたゴシック様式の教会。
私は中には入りませんでしたが、内部にはフレスコ画や古い墓碑が残っているそうです。
教会の裏手からは、赤い屋根が連なる旧市街の景色が見渡せ、シギショアラの眺望スポットとして知られています。

この丘で心に残ったのが、教会に寄り添うように広がる古いお墓です。
ここはザクセン人の福音派(ルター派)の墓地で、静かで穏やかな空気が流れていて、散策している人も多く見かけました。

城壁と各ギルドの塔

旧市街を囲む城壁に沿って歩くと、「仕立屋の塔」「靴職人の塔」「ブリキ細工師の塔」など、各ギルドが建て、守ってきた塔が点在しています。
現存する9つの塔をひとつずつ確かめながら歩くのも、楽しいひとときでした。中にはお土産屋さんとして使われている塔もありました。
シギショアラで食べたもの

開放的なテラス席で食事をしました
旧市街の中心広場のまわりに、カフェやレストランがいくつか集まっています。
小さな町ですが、観光地だけあって、旅行者向けの選択肢はひととおりそろっています。
ヴラド・ドラクルの家のレストランに入って、ルーマニア名物のサルマーレ(ロールキャベツ)をオーダーしました。
発酵させた酸味のあるキャベツで、豚ひき肉と米を包んで煮込んだ料理です。
ハンガリーのトルトット・カーポスタとほとんど同じスタイルで、ルーマニアではクリスマスや新年、結婚式といったお祝いの席に欠かせない一皿だそうです。

付け合わせはママリガ、サワークリーム、青唐辛子
夏に食べるロールキャベツも、しみじみ味わい深くていいものでした。
ハンガリーと違うのは、付け合わせがママリガ(mămăligă)である点。
とうもろこしの粉を茹でて練った、ポレンタに近いルーマニアの定番の主食です。もちっとした食感がロールキャベツによく合いました。
添えてあった緑色の野菜を気にせずパクっといったら、これが激辛の青唐辛子!
ルーマニアでは辛いパプリカを一緒にかじる習慣があるようですが、少しずつ小さく切って食べるのがおすすめです。
以前はレストランの評判はいまひとつだったようですが、近ごろは評価が上がっていて、私もおいしくいただけました。
午後4時ごろで空いていたこともあり、テラス席でのんびりできたのもよかったです。

午後7時30分ごろ、散策のあとにコーヒーを飲もうと入ったのが Burg Kaffe Cetate。
日中は素敵なテラス席がお客さんでにぎわっているのを見て、人が減る時間をねらって行こうと決めていました。
コーヒーだけのつもりが、オーナーさんが素敵なケーキのショーケースを見せてくださって、キャラメルムースもつい注文。
花と緑に囲まれたテーブルで、のんびりいただくコーヒーとケーキは最高でした。

近所の猫ちゃんも休憩にきていました
シギショアラで宿泊したホテル

「1607」の年号が刻まれています
シギショアラは小さな町なので、日帰りで訪れる人も多いようです。私は公共交通機関での移動だったこともあり、1泊することにしました。
旧市街で選んだのは “Fronius” というホテル。これが本当に素敵な滞在になって、大満足でした。

部屋へ案内してくれた青年によると、建物はなんと400年もの歴史があるとのこと。
たしかにものすごく趣があって、廊下を歩くと床が軋んだりもしますが、内部はすっきりと改装されています。

約40㎡の広々とした客室に、モダンなバスルーム。
大きな窓からはなんと時計塔まで見えて、ひと目でこの部屋が気に入ってしまいました。
パソコンで作業するつもりだったのに、結局は窓辺に座ってぼんやり過ごす時間のほうが長かったです。


朝食もついていて、味のしっかりした地元のチーズやサラミが並びます。
ルーマニアでおなじみのナスのペースト(サラタ・デ・ヴィネテ)もあって、焼きナスをつぶした素朴な味わいが、パンにたっぷり塗るとたまりませんでした。

中庭のテラス席で、古い建物の空気ごと味わう朝ごはんは、なんとも贅沢な時間でした。

シギショアラへの行き方・アクセス

シギショアラは、シビウとブラショフのほぼ中間に位置しています。この3つの町を三角形に結んでまわるのが、トランシルヴァニア周遊の定番ルートです。
移動は鉄道かバスの選択肢があります。
シビウからシギショアラへ

鉄道のほうがバスより時刻表の都合がよかったので、列車を選びました。
メディアシュ(Mediaș)という町まで各駅停車で約1時間半、そこから1駅だけインターシティで約20分。乗り換え時間を含めても所要2時間半ほどで、料金は31レイ(約1,150円)でした。
ルーマニア国鉄のアプリでチケットを買ったのですが、列車の運行状況まで細かくチェックできてとても便利でした。乗車後は、車掌さんにチケットのQRコードを提示するだけ。

シビウからメディアシュの区間は、2両編成の小さな電車がやってきて、出発の時点ではほぼ満席に。
地元の人が多い、ローカルな雰囲気です。のどかな丘陵風景がずっと続いて、車窓を眺めているだけで楽しかったです。
メディアシュでは、同じホームの反対側に乗り換えの電車が入ってきました。インターシティは座席指定ですが、1駅だけなので空いている席に座って、20分ほどで到着しました。

ティミショアラからブカレストまで、約12時間かけて移動する列車です
シギショアラからブラショフへ

翌日、ここからヴィスクリ行きの車に乗りました
シギショアラからブラショフへは、列車だと4時間ほどかかります。
バスなら2時間半ほどと短いので、バスを探すことにしました。
ウェブサイトで見つけたのが UNESCO BUSという会社で、ミニバンでの送迎をしている様子。
口コミがなかなか見つからず少し不安でしたが、どうやら長年営業しているようでした。
料金は1区間100レイ(約3,600円)と割高なものの、ほかのバスは町からかなり離れたバス停まで行かなくてはなりません。
それならと、UNESCO BUSにかけてみることにしました。

UNESCO BUSは、トランシルヴァニアで有名な要塞教会の村にも立ち寄れます。
せっかくなので要塞教会もみようと思って、11時発シギショアラ→ヴィスクリ、13時発ヴィスクリ→ブラショフ、という2枚のチケットを予約していました。
ところが出発前日のお昼過ぎ、突然チケット変更のお知らせが。
シギショアラ発は13時、ヴィスクリ発は19時になるというのです!小さな村で5時間も時間を潰すのは、なかなか難しそうだとちょっと憂鬱な気分になってしまいました。
その後WhatsAppでも連絡があり、ちゃんとした会社ではありそうと安心したのも束の間。
ヴィスクリには寄らず直接ブラショフへ行きたいとお願いしてみたものの、それはできないとのことでした。

翌日わかったのですが、その日の申込者は私ともう1人だけ。
もう1人が夕方6時にシギショアラからブラショフへ移動したいという希望だったため、会社も採算を合わせるために予定を組み替えたようでした。
結果、移動は会社が手配してくれたタクシーになったのですが、思いがけない収穫は、運転手さんがトランシルヴァニアに暮らすハンガリー人(ブラショフ出身)で、ハンガリー語で色々とおしゃべりできたことです。
ルーマニアでハンガリー人として暮らすことについて、話を聞けたのはとても貴重な時間。
また、ヴィスクリの村での5時間も意外と楽しかったので、ふたを開けてみれば、思いがけず楽しい寄り道になりました。
あとでよく見たら、UNESCO BUSはウェブサイト上に「24時間前までは変更・キャンセルの可能性がある」と明記してありました。
きっちり予定を立てて旅したい方には、ちょっとおすすめしづらいところ。
列車は時間こそかかりますが、アプリも見やすく、のんびり移動できる方には向いていると思います。
ヴィスクリでのんびり5時間過ごしたようすは、別の記事でご紹介するのでどうぞお楽しみに!
駅から旧市街まで

橋の先に丘の上の旧市街が見えてきて感動しました
シギショアラの駅から旧市街までは、歩いて15分ほど。小さな町なので Bolt や Uber などの配車アプリは使えません。荷物が多い場合は、事前にタクシーを手配しておくと安心です。
途中には小さな川が流れ、丘の上にそびえる旧市街が見えてくる、ドラマチックな道のりでした。
旧市街への上り坂はいくつかありますが、時計塔をめざしてのぼっていくと、「シギショアラに来た!」という気持ちが高まっていくはずです。
シギショアラ観光のまとめ

石畳の路地、ギルドの塔、丘の上の教会とお墓。
シギショアラは、中世の姿をそのまま残しながら、今も人が暮らす「生きた世界遺産」でした。
ザクセン人が築いた町並みに、ドラキュラのモデルとなったヴラド・ツェペシュの伝説、そしてハンガリーの詩人ペトゥーフィの記憶。
小さな町なのに、いくつもの歴史が層になって重なっているのが、この町のおもしろさだと思います。

半日あればおもな見どころはまわれますが、町の雰囲気がいいなと思った方は、ぜひ1泊してみてください。
朝や夜の静かな旧市街をのんびりと歩いた思い出は、トランシルヴァニア周遊の忘れられない思い出の1ページになるはずです。
今回のトランシルヴァニア旅のルートは、シビウ → シギショアラ → ヴィスクリ → ブラショフ。
シギショアラの前に歩いたシビウはこちらの記事でご紹介しています。


